なぜデータやインサイト起点の意思決定は、組織の当たり前にならないのか
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※ このドキュメントは、急成長スタートアップ「カミナシ」でプロダクトマネージャーを務める右田氏(@migii000)による寄稿文です。
インサイトマネジメントについてさまざまな方とお話をする際に、「どうやってCentouを使ったインサイトマネジメントを、チームの当たり前にしていったんですか?」とよく質問をもらいます。
いろいろなお話をうかがっていく中で、うまくいくパターンや失敗するアプローチについて整理が進んできました。
そこで、1つの参考事例として、私が所属するカミナシの中でインサイトマネジメントを広げていったプロセスをまとめます。
この事例を通じてお伝えしたいのは、ツール導入の方法論ではありません。
むしろ、インサイトマネジメントを組織に根づかせるうえで大事なのは、ツールをどう浸透させるかではなく、成果につながる事例をどう作るかだと考えています。
浸透してから事例が生まれるのではなく、事例があるから浸透していく。この順番を取り違えないことが、組織に新しい当たり前をつくるうえで重要です。
データやインサイトを起点に事業を伸ばしたいと思うものの、「社内に理解してもらえない」「うちはそういう文化がないから」と、組織理解の壁に直面している方のヒントになれば何よりです。
多くのツール導入が失敗するのには理由がある
少し私の過去のキャリアの話をすると、前々職で比較的規模の大きな企業の中で DX 推進担当として社内のデータ活用を推進していました。また前職ではデータ組織の立ち上げに関わり、データ分析基盤の開発からデータ活用まで幅広く「みんながデータを意思決定に使える」ようにサポートしていました。
「データ」という汎用性の資産を使って、数多くの仕組み・ツールの検討や導入をしてきました。その中で、「うまくいく仕組みの入れ方」のパターンとそうではないパターンがあるということに気づきました。
うまくいかないパターン
これは、実は非常にシンプルで、ツールを入れることが目的になっているパターンです。
例えば、一昔前に BI ツールが流行りました。データドリブンというキーワードが飛び交い、データドリブンに意思決定をしようというムーヴメントのためです。しかし、何のためにデータを分析するのか、どんな価値を届けるためにデータを活用するのかといった議論が曖昧なまま多くの取り組みが進み、苦労して BI ツールを導入するものの、多くの BI は使われない結末をたどりました(※ 著者の体感です)。
理想の状態がわからない中で、安易にツールに手を出すと失敗するというパターンです。

そしてもう一つ、いきなり大きく導入しすぎるというパターンもあります。例えば、組織課題が明確でない中で先に箱(組織・チーム)を作るというケースです。
先に箱を作って予算や人を割り当ててその中で自由にプロジェクトを動かす。これは一見問題なさそうに見えるのですが、仕組みを組織に浸透させるうえでは実は遠回りになる方法ではないか、と考えています。
なぜなら、その組織が何をしてくれるのか、どう自分たちの普段の仕事に役立つのかが曖昧なままだと、支援される側から見ても何を依頼すればよいのか分からないからです。
私自身も、データ分析を浸透させていこうとデータ分析組織の箱を作っても浸透させることが目的になって、実際の成果までが遠くなってしまうという苦い経験をしてきました(周りでも似たような事例をよく聞いていました)。
「浸透ができていない」ことが課題視されてしまい、あの手この手を考えるのですが、「何のために浸透させるのかがはっきりしていない」ことが課題の真因だと気づくのに時間がかかりました。

つまり、新しい取り組みを会社に取り入れようとしたときに、うまくいかないパターンは以下の2つに整理されます。
- 理想像があいまいで、ツール導入が目的になっているとき
- いきなり大規模に導入しすぎて、当事者ではない人が動かないとき

なぜデータやインサイト起点の意思決定は、組織の当たり前にならないのか
インサイトマネジメントに話題を移しましょう。
ユーザーインタビューをしている。議事録も残している。Notion やスプレッドシートにリサーチ結果もまとまっている。それでも、意思決定の場面になると、結局集めてきた「定性データ」が使われないことがあります。

これは、「定性データ」が不足しているからではなく、意思決定の通り道の中に「定性データ」を使う習慣がないことが問題です。
誤解を恐れずに言えば、定性データがなくても、ファクトを見なくても何かを決めるということはできてしまいます。誰かが、「こっち」と言えばそれで決まりです(そんな主観100%の意思決定に納得感や透明性があるとは限りませんが…)。
ここで発想を転換させる必要があります。意思決定の流れの中にデータやインサイトはない。その中で重要性を訴えても、不要な対立を生み、焼け石に水です。目線を「成果を出すためには、この仕組みを使わないといけない」と成果が出るロジックを変えることに向けるのです。
つまり、「問題の置きどころを変えること」こそ、データやインサイトの浸透のために、最も大きな一歩になります。

インサイトマネジメントの浸透を目的にするのではなく、浸透はあくまで成果が出た後の副作用なのです。書いてみると「それはそうだろう」なのですが、これが意外にできていないシーンをよく目にします。
ツール(インサイトマネジメントで言えば Centou )を導入したら全てうまくいく、という希望的観測があるのかもしれませんが、現実はそううまくいきません。
成果に貢献しないツールは淘汰されていきます。我々カミナシが提供するプロダクト群も、成果への必然性が作れない場合、チャーン(解約)されるリスクと常に隣り合わせです。
構造と事例のアプローチ
問題の置きどころが変わることで、組織へのアプローチが変わります。「成果の出し方」を問題にすることで、何を変えるべきかがはっきりします。
組織、あるいは組織文化が変わるには、大きく2つのパターンがあります。「構造を変える」か「事例をつくる」のどちらかです。

1. 構造を変える
業務の通り道で、導入しようとしている新しい概念が必ず意識されるように、構造そのものを変えるというやり方です。

- 企画プロセスや開発プロセスなど意思決定の流れを明確にする
- その流れの中に、インサイトを扱うステップを入れる
- そのステップを通さないと前に進まないようにする(ex : 承認)
- “必ずこのステップを挟む必要がある”とチームに必要性が生まれる
- 浸透せざるを得ない状況ができる
例)
- ファクトや根拠が明確なインサイトがない施策は承認しない → 各メンバーは、必然的に「誰に向けた企画・施策なのか?」を説明可能になるまで準備する
- 開発するときは Design Doc / ADR(Architecture Decision Record) を書いてレビューを経ないと実装してはいけない → 各メンバーは、必然的に実装前の設計を考えることになる
参考 : マイナビ社ではこの構造を変えるアプローチを採用しているようです
このアプローチの要点は、意図的に必要性を生み出すことです。特定のプロセスを「この流れで行おう」と決めることによって必要性が生まれます。先ほどの失敗パターンを避けるために、組織的な必要性をつくるアプローチです。
2. 事例をつくる
もう一つは、小さく成功事例を作り、横に展開して効果を波及させることで変化を作るやり方です。これは「波及戦略*1」とも呼ばれ、一部のチーム・一部の部門で小さく始めて成功体験を生み出し、その成功体験の積み上げるパターンです。つまり、成果をもって、より大きく展開していくやり方。ボトムアップ施策の多くは、このやり方が向いているのではないでしょうか。
*書籍:データサイエンティスト養成講座 ビジネス活用 第1章 ビジネス貢献するデータ分析「7つのポイント」
後述しますが、カミナシはこちらのパターンです。先のトップダウンに構造を変えるアプローチが、「必要性(課題)を生み出す」ことにフォーカスしているのに対して、ボトムアップで事例をつくるこちらのアプローチは、「事例ができて、後から周りが課題に気づきはじめる」という気づいてもらう方向性と言えます。

- 目線が近い共通のメンバー・チームで小さく導入する
- 特定のチームで成功事例をつくる
- 特定チームのアプローチを他チームへ共有
- 2チーム目で事例をつくりながら他チームでも使える仕組みに落としていく
- 結果として“うまくいくやり方”として浸透
カミナシの事例から考える、変化の起こし方
もし自分が構造そのものを変更できる(ステップを差し込む)権限があるなら、構造を変えるほうが速く変化を起こせる可能性が高いです。
ただし、実際の組織では、誰もが意思決定の構造を変えられるわけではありません。
取り組みやすさと変化の速さのどちらを選ぶかで、取るべきアプローチが変わります。

顧客理解やインサイトが大事だとは思っている。けれど、自分が組織全体を動かせるほどの経験や権限があるわけではない。そんな立場の人も多いのではないでしょうか。
だからこそ、現場から始める場合には、まず小さくても成果につながる事例を作ることが現実的な選択肢になります。一例として、カミナシ内でインサイトマネジメントをする開発チームが多数派になるまでに、Centou を導入開始してから1年半以上かかっています。

BtoB SaaS かつ現場ドリブンに定性情報を集めていく私たちの開発スタイルにとって、早く基盤へ投資することでプロダクト開発に複利が効くと考えました。
そこで、立ち上げフェーズの新規事業で Centou を導入し、既存の議事録を少しずつ移行してインサイトを蓄積していきました。タグの設計、過去リサーチの引越しや運用の設計などの仕込みフェーズに2-3ヶ月はかけています。
正式にプロダクトを提供開始するまではある程度開発テーマが見えていたこともあり、蓄積したインサイトが真価を発揮したのはリリースした後になってしばらく経ってからでした。
次に開発するテーマの選定やチームで作るものの認識を揃えるプロセスに迷いがなくなり、VoC への対応もビジネスチーム含むステークホルダーの納得感を醸成しながら進めることができました(そして結果的に事業成長することができました)。

進めるうえでは想定通りにいかないこともありました。
例えば、はじめから「ちゃんと運用しよう」とし過ぎて、作業がつらい・着手するまでに気が重いという状態になっているメンバーもいました。そこで、Copilot 機能の活用や「一旦、雑にやる」マインドでとにかくリサーチを貯めておいて、必要になった時、つまりテーマの探索をするときに整理するというサイクルを少しずつ定着させていきました。
また、他チームに展開しようとした際に、単なる「リサーチ業務効率化ツール」として伝わってしまい、利用を開始すると作業負担のギャップから利用されない、ということも経験しました。本来であれば、「顧客理解を個人プレーからスケールさせるための基盤」として、導入目的を整理したうえで、ハンズオン形式をとってでも時間をかけてインストールすべきでしたが、そのような支援ができなかったのは反省点です。
現在は UXリサーチ担当のメンバーに普及を預け、Centouの活用方法やリサーチについての社内発信をしながら横展開を進めていってもらっています。今では、インサイトがあるから意思決定に悩まない・キャッチアップが早くなった、という声が社内の至る所で聞かれるようになっています。
振り返ると、最初の事例づくりのフェーズを経て、横展開を進めるという大きく2つのフェーズがありました。
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そして、これらの経験から、事例を作り変化を起こすには時間がかかることを学びました。成果を上げて事例になるまでには一定の時間が必要だからです。「短い期間でのテスト導入」で導入判断ができなくて見送る理由もこのあたりにあるのでは、と思ったりもしています。

成果を出すまでのリードタイムの間、成果の絵がイメージできていないと推進力が生まれません。成果につながる前に諦めてしまう。そんな経験は誰しもあるのではないでしょうか。なんとなく良さそうだから、で新しい取り組みを初めても、既存の習慣を変えるのは難しいのです。
そのくらい足が長く泥臭いやり方をして初めて、「新しい組織文化」になるのです。
まとめ
ここまで、インサイトマネジメントをはじめとした新しい概念を組織にインストールするには、共通の失敗パターンと2つのアプローチがあることを整理してきました。
組織を動かすためのいくつかのポイントは以下のような点にまとめられます。
- 向き合い方を変える : 新しい概念の組織浸透は、ツールを入れれば済む話ではな決してなく、意思決定の仕方を変える「組織づくりの問題」であると認識する
- 失敗パターン(落とし穴)を避ける : 2つの失敗パターン(ツール導入が目的になる、いきなり大規模に導入しすぎる)を避ける
- 構造か事例をつくる : 組織を動かすには、事例か構造。現場(プレイヤー)から始めるなら事例をつくることから
私自身は、プロダクトマネジメントの専門職ですが、あらゆるポジションにおいて、新しい文化を組織に足していく役割は非常に価値があるものであり、これから必要になる動きだと考えています。
自分自身で主体的・能動的に良い仕事を作り出す(=マーケットメイクをする)しかないということ。言葉でいうほど簡単ではない。というか、正直メチャクチャに面倒くさい。
関連記事:https://note.com/hik0107/n/n68223a78ebe7
特に、プロダクトマネージャーは1人では仕事を完結できないことが多いです。多くの人を巻き込み、同じゴール(=成果を出す)に向かっていくには、成果を出す道のりを設計する必要があります。何が成果で、どんな時間軸で成果を出すのか、その期待値を伝え続ける必要があります。
そして、成果を出す道が見えたら、成果が出るまでは淡々とやり続ける。不安になっても、信じて進む、そんな胆力も必要です。
他の人に見えていない道をいくこともあるので大変なことも多いのですが、最近気づいたことがあります。
「良い事例は真似される」ということです。裏を返せば、真似される状態を作れて初めて、浸透が始まったと言えるのかもしれません。
どれだけ丁寧に説明しても、どれだけ便利なツールを用意しても、それだけで人の行動は変わりません。人の行動が変わるのは、「このやり方のほうが成果に近づける」と実感できたときです。
だからこそ、現場から変化を起こすときに必要なのは、大きな号令ではなく、小さくても確かな事例を作ること。そして、その事例を他の人が真似できる形にしていくことです。
インサイトマネジメントを組織の当たり前にするというのは、単にインサイトを貯める仕組みを導入することではありません。より良い意思決定に近づく道筋を作り、その道筋が真似される状態を作ることです。
その積み重ねこそが、新しい組織文化を作っていくのだと思います。





