急成長企業SHEに聞く「デザイン組織の"次の"強みづくり」
- 過去イベント資料

ハイライト
- SHEにはもともとユーザーに向き合う文化があった一方、集まった声を戦略やプロダクトづくりに活かせる資産へ転換できていなかった。2024年8月、デザイナーがNotionの1ページからお試しで「リサーチ&デザイン室」を立ち上げ、小さく運用を始めた
- 社内アンケートと全社ワークを通じて課題認識をそろえ、インサイトマネジメントの価値を体感できる機会をつくったことで、リサーチプロジェクトへのデザイナー配置やCentouの導入につながった。蓄積したインサイトは、AIによるレビュー、設計根拠の共有、事業戦略の仮説補強に活用されている
- AIによって「作る」ハードルが下がる今、デザイナーには「何を作るか」の確度を高め、ユーザー理解と事業を橋渡しする役割が一層求められている。今後は活用者の拡大、公平性の担保、成果の可視化を進め、インサイト起点のプロダクトづくりを全社の強みにしていく
登壇資料
くわしい解説
1. SHEのデザインユニットについて
- SHEは「一人一人が自分にしかない価値を発揮し、熱狂して生きる世の中を創る」をビジョンに掲げ、働く女性のためのキャリア支援プラットフォーム「SHElikes(シーライクス)」を展開している
- SHEではユーザーを「シーメイト」と呼び、夢中になって学べる体験や、身につけたスキルを仕事につなげる体験を設計している
- デザインユニットは3グループ・11名で構成され、インサイトマネジメントは登壇社である井斉氏と林氏が所属するプロダクトデザイングループが主導
- 今回は、SHEでインサイトマネジメントが始まった背景から、組織への展開、具体的な活用事例、今後の展望までを紹介する
2. SHEのインサイトマネジメントの始まり
- SHEには、社員がシーメイトのSNS投稿を日常的に確認し、気になる声をSlackで共有するなど、ユーザーに向き合う文化がもともと根づいていた
- 一方で、集まった声を事業の資産へ転換できておらず、「戦略やプロダクトビジョンに反映されない」「部署ごとにユーザー像が異なる」「リサーチを能動的に行える環境がない」という課題があった
- そのため、目立つ声にその場で引っ張られたり、部署間で議論が噛み合わなかったり、経験者がいなければ過去のリサーチ資料の場所さえ分からなかったりする状態に陥っていた
- 転機となったのは、2024年8月に実施した、シーメイトとデザイナーのワークショップ交流会。集まったワークシートには、学習環境や不便に感じていることなど、プロダクトづくりにつながる貴重な声が数多く残されていた
- これらの声をプロダクトづくりに活かしたいと考え、お試しでNotionの1ページから「リサーチ&デザイン室」を立ち上げたことで、SHEのインサイトマネジメントが始まった
3. 私たちが思うインサイトマネジメントとは
- ユーザーインタビューのログや声を、そのまま記録するだけでは不十分。「何が起きたか」だけでなく、「なぜそう感じたのか」「本当は何を必要としているのか」まで踏み込むことが重要
- SHEでは、行動や感情など客観的に観測できる事実をファクト、その背景にある無意識の深層動機や欲求をインサイトと捉え、ファクトをインサイトへ昇華させている
- たとえば「講師からのフィードバックを全否定のように受け取り、落ち込んだ」というファクトから、複数の声の共通点を探り、「厳しいフィードバックを受けても、這い上がれる機会やきっかけが必要」というインサイトを導き出した
- インサイトマネジメントが組織に根づくまでには、貯める・整える・使う・根づくの4段階がある。SHEは現在、「整える→使う」へ移行している段階にある
- 目指すのは、定量データと同じくらい、インサイトが意思決定の場で当たり前に参照される組織
4. 立ち上げストーリー① : チーム内の知識の底上げ
- 最初に取り組んだのは、推進するメンバー自身がインサイトマネジメントを理解し、全社展開の方向性を探ることだった
- 2024年11月にリサーチに関するイベントへ参加したほか、書籍から体系的に学び、外部のリサーチャーとの情報交換やCentouへの相談を通じて、早い段階から外部の視点と知見を取り入れた
- 外部イベントで紹介されていたSlackのリサーチチャンネルをすぐに開設。使い方を細かく決めてから始めるのではなく、まず動かし、運用しながら育てていった
- 課題の根本解決にはインサイトを一元管理するデータベースが必要だと考え、普段から使っていたNotionで小さく蓄積を開始
- ある程度データが貯まった段階で、PdMや事業部のメンバーにヒアリングしたところ、「参考になる」「使いたい」という声と同時に、「どこを見ればいいか」「どう活用すればいいか分からない」という声も寄せられた
- このトライから、データベースを用意するだけでは価値にならず、使いやすい形で届ける必要があると分かった。まずは有識者を頼り、小さくクイックに始めることで、課題や次の方針を早く見つけられた
5. 立ち上げストーリー②:全社への啓蒙活動
- チーム内の知識を高める一方、全社で課題認識をそろえ、インサイトマネジメントを組織の投資対象にするための活動も進めた
- 2024年11月にユーザーリサーチに関する社内アンケートを実施したところ、85%がリサーチの意義や重要性を理解していた一方、61%が自身の知識やスキルは不十分だと感じていた
- 「大切さは分かっているが、どう扱えばよいか分からない」という課題が全社にあることを確認し、2025年6月の全社総会でファクト・インサイトワークを実施
- 一方的に説明するのではなく、ファクトとインサイトをもとに施策を考えてもらうことで、インサイトが仕事にどう活きるかを体感できる場をつくった
- 参加者からは「自分がマジョリティとは限らないことを忘れないようにしたい」「普段の業務にも活かしたい」という声に加え、「ファクトとインサイトの違いを理解しきれなかった」という率直な反応も得られた
- 数字や事例によって現状を見える化し、価値を体感できる機会を設けたことが、インサイトマネジメントを自分ごととして考えてもらうきっかけになった
6. インサイトマネジメントが組織の投資対象に
- チーム内外への取り組みを重ねた結果、リサーチプロジェクトのリードにデザイナーを配置してもらえるようになった
- 画面上の体験設計だけでなく、上流のリサーチからデザイナーが関われる体制になったことは、将来的にプロダクトビジョンへインサイトを取り入れるうえでも大きな一歩に
- さらに、インサイトマネジメントが社内の投資対象として承認され、インサイトマネジメントツール「Centou」の導入が決定
- 約3カ月の試用期間中にもインサイトを蓄積し、具体的な活用イメージを役員へ伝えた。現在はCentouに蓄積したインサイトが、日々のプロダクト設計に活用されている
7. 活用事例①:AIの提案に根拠を与える
- 1つ目は、プロトタイプをAIにレビューしてもらう際、CentouのMCP連携を通じて、Claudeが蓄積されたインサイトを検索・参照できる状態にした事例
- 単に「フィードバックして」と依頼するのではなく、SHEのユーザーに関するインサイトを参照させることで、「SHEにおいて、なぜそう直すのか」という根拠と具体的な改善案がセットで返ってきた
- たとえば、「成果が出ている」「スキルが身についている」という感覚を視覚的にも求めているというインサイトに対し、各ステップの完了時にチェックマークや色の変化を加える提案が示された
- AIの回答が、インサイト・ファクト・課題・提案という構造で返ってくることで、一人でデザインしているときにも、第三者からレビューを受けるような感覚が得られた
- 提案をすべて採用するのではなく、あくまで検討の土台として使うことが、AIとのちょうどよい距離感だと考えている
8. 「なぜこの設計なのか」を見える化する
- 2つ目は、ワイヤーフレームの各画面に「なぜこの設計にしたのか」を示すインサイトを添え、関係者にレビューしてもらった事例
- 受講生へのフィードバック画面では、「厳しいフィードバックでも這い上がれる機会・きっかけが必要」というインサイトを根拠に、改善点だけでなく強みも一緒に伝える設計とした
- プロトタイプと設計背景を同時に見られるようにしたことで、「すごく分かりやすい」「今後もこのやり方を続けてほしい」という反応が得られた
- これまでは設計意図を口頭で説明したり、別の資料にまとめたりしていたため、レビューする側の認知負荷が高く、感覚的な判断か根拠のある判断かも曖昧になりやすかった
- 設計意図をインサイトという共通言語で示すことで、デザイナーの好みではなく、ユーザーの声に基づく設計と理解されやすくなり、より本質的な議論に時間を使えるようになった
9. 活用事例③:事業戦略の仮説をインサイトで補強する
- 3つ目は、役員とプロダクトユニット長が今後のプロダクトの方向性を議論する際、戦略上の仮説をインサイトで補強した事例
- 事前にインサイトのインプット会を開き、蓄積してきた情報を大きなテーマごとに整理して共有したほか、会議中にもAIを介してCentouのインサイトをリアルタイムで参照できるようにした
- たとえば「始め方・続け方の設計不全がモチベーションを削いでいる」というインサイトに、「入会直後にSHEの使い方を把握する機会が不足している」「課題や実践パートでのつまずきが習慣化を妨げ、離脱の引き金になっている」といったファクトを紐づけた
- インサイトと、それを支えるファクトをセットで示すことで、仮説をより説得力のある議論ができた
- その結果、インサイトは仮説を補強する材料として役立つと評価され、必要なときに社内メンバーが自発的にインサイトを取得できる環境を整える方針が生まれた
10. なぜデザイナーとしてインサイトマネジメントに取り組むのか
- デザイナーだからこそ、ユーザー理解と事業の橋渡しができる。プロダクトの意思決定に関わりながら、ユーザーや社会の視点を補うことで、議論や設計を前に進めやすい立場にいる
- 紹介した3つの活用事例も、ユーザーの視点を設計や事業の判断へつなげたからこそ、具体的な変化が生まれた
- AIによってプロトタイプやデザインを素早く作れるようになり、道具を使って作ることのハードルは下がっている
- だからこそ、これからのデザイナーには「ユーザーは何を課題と捉えているのか」「何を、どのような形で提供すべきか」を見極める力が、これまで以上に求められる
- インサイトマネジメントは、「何を作るか」という問いに対する答えの確度を高め、デザイナーの次の強みになる
11. 次の課題は成果を可視化すること
- 現在、インサイトの登録・活用はプロダクトデザイナーが中心であり、他のメンバーが自らインサイトを探し、活用する状態には至っていない
- インタビューでは継続利用しているユーザーの声が集まりやすく、離脱したユーザーの声を拾いにくいなど、生存者バイアスが生じる可能性もある。インサイトを過信せず、定量データと組み合わせて公平性を担保する必要がある
- また、インサイトを使ったことで提案が通った場面があっても、他の要因を切り分けることは難しく、ビジネスインパクトとの因果関係を数字で示せていない
- 「効果があった実感」で終わらせず、インサイトマネジメントを組織で継続するためにも、成果の可視化が次の大きな挑戦となる
12. インサイト起点のプロダクトづくりを、全社の強みに
- まずはインサイトによって自分の設計の質を高め、その価値をチームで実感し、チーム全体のユーザー解像度が深まる。やがてインサイトの活用が全社の当たり前になる。SHEはこの循環を目指している
- FY2026上期は「インサイト起点のプロダクトづくり」を強化。対象をシーメイトだけでなく、クライアントやスタッフにも広げ、議論や設計を支えるインサイトを増やしていく
- 小さな成功事例をさらに創出・可視化し、より大きなビジネスインパクトにつなげることも目標に掲げている
- 中長期的には、シーメイトと一緒にプロダクトをつくる状態と、インサイトを目の前の改善だけでなくプロダクトビジョンにもつなげる状態を目指す
- SHEの取り組みも、始まりはNotionの1ページだった。完璧な仕組みを待つのではなく、小さく始め、周囲を巻き込みながら実績を積み上げることが、全社を動かす一歩になる
13. Q&A①:何からはじめると良い?
- 大切なのは、インサイトマネジメントの価値を一方的に押しつけるのではなく、「今、何が足りていないのか」という問題意識を周囲とそろえること
- 価値観や現場が異なるメンバーとも同じ目線で課題を捉えられるよう、共感してくれる仲間を少しずつ増やすことが、その後の浸透に効いてくる
- 土壌づくりと並行して、小さく始めることも重要。まずはSlackなどに既に集まっているユーザーの声を一カ所へ集め、ファクトやインサイトとして見える状態にする
- 自分にも周囲にも見える形をつくることで、「こうした声が多い」「ここに共通の課題がある」と会話しやすくなり、次の仲間やアクションにつながっていく
14. Q&A②:デザイナーが主導する良さとは?
- SHEには、リサーチャーやインサイトマネジメントの専任者がいなかった。そこで、リサーチ結果をプロダクトのアウトプットや意思決定へつなげやすいデザイナーが起点となった
- デザイナーは、ユーザー理解を具体的な設計に落とし込み、その設計を役員などの意思決定の場へ持ち込めるため、ユーザーと事業の橋渡しをしやすい
- また、蓄積したインサイトによって、どのような局面でもユーザーの味方でいるユーザーファーストの姿勢を保ちやすくなる
- 個別の声から共通点を見つけ、抽象度を上げて整理する作業は、デザイナーが日常的に使う抽象化のスキルとも相性が良い
- 組織によってはPdMなどが担う可能性もあるが、専任者がいない場合、ユーザー体験を扱うデザイナーが最初の旗振り役になることには大きな強みがある
15. Q&A③:成果をどう測る?
- SHEでは、プロセスのどの場面でインサイトを使ったかを2人で毎週振り返り、小さな活用事例を積み重ねている
- まずは「インサイトによって判断がどう変わったか」を、施策や意思決定の単位で記録することから始めている
- 今後は、レビュー時の手戻りが減ったか、インサイトを参照した設計の採用率が上がったかなど、プロセス上の変化を数値で追うことも検討している
- 直接的な事業成果との因果関係を証明するのは難しいため、プロセスの改善を可視化しながら、徐々にアウトカムとのつながりを捉えていく
- あわせて、デザイナーが事業インパクトの大きな施策へ早い段階から関わることも、インサイトマネジメントの貢献を示す一つの手がかりになる
登壇者について
井斉 花織 ( SHE株式会社 デザインユニット プロダクトデザイングループ )
Web制作会社のデザイナーとしてキャリアをスタートし、コーポレートサイトやECサイトなどの制作経験を積む。2023年よりSHE株式会社に所属し、女性向けキャリアスクール「SHElikes」のプロダクトデザイナーに転身。開発グループにてリードデザイナーを務める傍ら、長期的なデザイン資産の育成などにも携わっている。2023年Adobe MAX Japan「UI/UXショートセッション」、2024年 CSSNite「#朝までFigma」登壇。
林 愛実 ( SHE株式会社 デザインユニット プロダクトデザイングループ )
2022年にSHEに入社後、女性向けキャリアスクール「SHElikes(シーライクス)」のコミュニケーションデザイナーとしてマーケティング周辺のデザインに携わる。その後、「学ぶ」と「働く」が循環するキャリアプラットフォーム構築に向けて、プロダクトデザイナーとして「働く」のデザイン領域を主に担当。また、ユーザーインサイトを活用するためのリサーチ環境づくり・仕組み化を現在推進中。




